キックとベースのローを出すローエンドのEQ処理の考え方 - キックとベースの場所を作るためのローカット編 -

ミックスをやっていてローエンドのEQ処理に迷うことはよくあると思います。世の中にも、さまざまな情報が出回っていて、調べれば調べるほど混乱するような状態になっていることもめずらしくありません。ここでは、わたしがさまざまな情報を学び試行錯誤をした結果身につけたローエンドの処理の方法を紹介します。

キックとベースのローを出すためのローエンド3つの処理

ローエンドの処理でやるべきことは、主にみっつです。それぞれ、

  • (1) キックとベースに場所を作る
  • (2) 再生機器で再生できない音域のカット
  • (3) 空いたスペースの活用

です。

(1)キックとベースに場所を作る、(2)再生機器で再生できない音域のカット、については、両方ともよく「ローカット」と呼ばれているものですが、その目的が異なるため、いまやっているローカットがどちらのローカットなのかによって、気をつけて聴くべきポイントや鍵となる周波数が異なります。(3) 空いたスペースの活用、についてはどちらかというと積極的な音作りのためのEQに近く、これもまたほかのふたつと目的が違うので、こちらも「別のことをしている」という目的意識を持つことが重要です。

キックとベースに場所を作るのためのローカット

今回の記事では、(1)キックとベースに場所を作るためのローカットについて説明します。低域は、「聞き取りにくいけど、濁りやすい」という厄介な性質を持っています。聞き取りにくいということは、たとえばギターやピアノなどをソロで聴いた場合、低域の成分をカットしてもカットしなくてもあまり聴感上の違いが出ない、ということです。一方で、濁りやすいということは、適切にローカットされていないギターやピアノは、ソロで聴いてもわからないような部分がベースやキックのローを邪魔してしまうということです。そのため、ローが出てほしいわけではない楽器については、キックやベースの邪魔をしないよう、とにかくバッサリとローカットをしていくことが大切なわけです。そうすることによって、ベースとキックが低域を占有できるようにするのが、「キックとベースに場所を作るためのローカット」の目的です。

では、具体的にはどのような作業をすればいいのでしょうか。以下、順を追って説明します。

スペアナの必要性

とくにキックとベースに場所を作るためのローカットにおいて、スペクトルアナライザーがあると安心感があります。なぜなら、「ある楽器をソロで聴いても聞こえない帯域」のカットをするわけで、ここがどれくらいカットされたかを知るのに、聴感に頼るわけにはいかないからです。とはいえ、ほとんどのEQにはスペアナがくっつていると思いますので、それを見ながら作業をするので十分でしょう。私はwavesのH-EQについているスペアナが「EQに入ってきたときの状態」「EQかけたあとの状態」両方が見えるのが便利で気に入っています。EQとしても優秀ですし、H-EQはとりあえずあって損しないEQではないでしょうか。とはいえ、DAWに付属のEQでも同じことはできますので、それでもかまいません。使い慣れたもの、気に入ったもので良いと思います。

H-EQのスペアナ
H-EQのスペアナ。黄色の線がEQ前、水色の線がEQ後を表す

ローカットする楽器の選定

今回は「キックとベースのためのローを明け渡す」ことが目的なので、基本的にはキックとベース以外全てのトラックに対してローカットを行います。

が、当然、キックとベース以外にローを聴かせたい楽器がある場合はその限りではありません。たとえば、よくあるアレンジとして、ウッドベースを扱っている、ゴージャスな感じのアレンジのポップスについて考えてみます。ピアノトリオなどならともかく、楽器数が多いアレンジの場合、ウッドベースだけではベースが弱く全体が支えきれないことがあります。その際に、ピアノにもベースの役割を担わせるようなアレンジはよくあります。こういうときに、ピアノのローまで削ってしまうと、せっかくピアノがベースを助けてくれてるのに、その助けてくれている帯域を削ってしまう、ということになります。こういうときには、ピアノについては「キックやベースのためのローカット」は行わないこととなります。

しかし、あまりローを聴かせたい楽器が増えてしまうと、「空いたスペースの活用」の段になって苦労することとなります。今後執筆予定の「空いたスペースの活用」のところでも述べますが、あまりにローカット対象外のパートが多いような場合、そもそもローが混雑しすぎたアレンジになっていることが考えられます。その場合はアレンジに戻り、ローを占領している楽器を減らしてみたりしてみてください。

各パートのローカット

ローカットすべきパートが選定できたら、それぞれに対して、わたしの場合以下の手順でローカットしていきます。このとき、まずはパートをソロで聴きながら作業を進めます。

  • そのパートに対してEQを立ち上げる
  • ハイパスフィルタを立ち上げる
  • カーブはそのまま、Freqを少しづつあげて行き、そのパートの音質が変わる直前くらいで止める
  • カーブを少しずつ俊敏にしていき、そのパートの音質が変わる直前くらいで止める

これで、「聴感上その楽器に変化はほとんどないが、余計なローがなくなった」という状態を作ることができました。

標準的なアレンジの場合、経験上、200hz 前後より上にこの「音質が変わり始めるポイント」があるように思います。これは、当然楽器やそのセッティングによって異なり、もっと上の帯域に音質が変わり始めるポイントがある場合もあれば、もっと下の帯域にある場合もあります。しっかり耳で確認しながら「音質に影響のない範囲」でローカットをしていきましょう。

よくある失敗として、楽器の音質が変わってしまうくらいにローカットしてしまう、という失敗があります。そこまでローカットしてしまうと、ベースやキックとの分離はしっかりしているんだけど、楽器の音がしょぼくて迫力がない、という状態になってしまいます。

全体でミックスするとき、あるいは空いたローのスペースを活用するときに、ほかの楽器に場所を譲るために音質が変わってしまうところまでローカットする、ということはあり得ますが、「まずはベースとキックに場所を譲る」という目的でそこまでやってしまうのは悪手です。「いまこのEQはなんの目的でかけているのか」に注目し、ローの場所を空ける処理のためのローカットをしているときには、音質が変わらない範囲でのローカットの留めておきましょう。

また、別の話として、シンセサイザーやソフトウェア音源の場合、すでにローカットされている場合があるので、こちらも注意が必要です。「スペアナで出ている一番低い帯域をすこし削るだけで音質が変わってしまう」というようなパートがあり、それがソフトウェア音源やシンセサイザーの場合、それはすでにローがしっかりカットされているパートです。その場合は「すでにキックとベースのためのローカットがされている」ということなので、この段階でやるべきことはありません。

仮ミックスして聴いてみる

対象のパート全てに対してローカットを行ったら、ソロで聴いていたのをいったんやめて、全体の仮ミックスで聴いてみます。この段階ではまだベースやキックのローに対して積極的な音作りをしていないため、「ローが太い」という感じにはなっていないと思いますが、ローカットしていないときと比べるとベースやキックのロー成分がクリアに聞こえ始めてきたのではないかと思います。

たしかにこの段階では劇的な変化というのはおそらくないでしょう。しかしミックスは、微妙な変化を積み重ねることで全体として大きな効果が出るような種類のものです。今回の「キックやベースに場所を作る」という作業は、ローエンド処理の下拵えみたいなものですので、この段階で効果が実感できなくても、「そういうもんだ」と思って次の作業へ進みましょう。逆に、この段階で劇的な効果を出そうと思って、他の楽器を必要以上の上の帯域までローカットしてしまうと、前述したような、他の楽器がしょぼく迫力のないミックスになってしまいます。キックとベースがほんのりクリアになったかな、くらいでここは我慢しておきましょう。

さて、今回はみっつのローエンドのEQ処理のうち、(1) キックとベースに場所を作るためのローカットの考え方について説明しました。次回以降 (2)再生機器で再生できない帯域のローカット、(3)空いたスペースを活用するEQ の話ができたらと思います。

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