キックとベースのローを出すローエンドのEQ処理の考え方 - 空いた帯域の活用編 -

ミックスする際のローエンドの処理について、世の中にいろんな情報が出回っていて混乱するけれど、わたしが試行錯誤した結果身につけたローエンド処理についてお伝えする記事第二段です。

前回の記事はこちらからどうぞ。

nekogata-se.hatenablog.com

前回の記事では、ローエンドの処理について

  • (1) キックとベースに場所を作る
  • (2) 再生機器で再生できない音域のカット
  • (3) 空いたスペースの活用

というみっつの観点のうち、(1) キックとベースに場所を作る についてみてきました。今回は、(2), (3) についてみていきたいと思います。

再生機器で再生できない音域のカット

さて、前回は「キックとベース以外は音色が変わらない範囲でバッサリとローカットしてあげる」というローカットを行いましたが、今回はキックとベースのローカットについてです。これはけっこう宗教戦争的なテーマで、正解はないのですが、今回は私の考え方をみていきます。

さて、まずは人間の可聴域の話からしていきたいと思いますが、人間が聞き取れる一番低い音はだいたい20hz程度と言われています。ここから下はもう耳ではなくて体で感じる振動という感じになってきます。一方、普通のオーディオ再生機器で再生できる最も低い音は高級スピーカーでも30hz、普通の環境であれば40hzまで再生できれば御の字という感じです。自分が作っている音源が屋外の巨大スピーカーなどで鳴らされるのでないのであれば、40hz以下は「いらない音」として切ってしまったほうが、ノイズのないスッキリした低音となると考えることができます。実際私の感覚だと、普通のモニタースピーカーやモニターヘッドホンなどで聴いてみると、40hz以下をばっさりとカットしても「低音が軽くなった」とは感じず、むしろはっきりと低音が聞こえるように感じます。一方、EDMなどではクラブなどの巨大スピーカーで鳴らすことを考え、40hz以下もしっかりのこしてあげるか、カットした上で、あとからオクターバーやピッチシフターで1Oct下の音を少し足してあげるなどとということが行われていることもあるようです。わたしは基本的には自分の作る音源はスマホからイヤホンやヘッドホンで聞かれることがほとんどだと思っているので、そこをターゲットに、40hz以下はキックもベースもばっさりカットしてしまうことが多いです。

つまりここでは、「自分がターゲットとしている再生機器はなにか?」というのがポイントになります。「ターゲットとしている再生機器で再生できない帯域はカットしてしまう」という考え方で、キックとベースのローカットをしてあげると良いでしょう。

空いたスペースの活用

さて、前回の記事で、(場合にもよりますが、多くの場合)だいたい200hzあたりから下の帯域が空き、今回の(2) で(場合によって)40hz以下をばっさり切り捨てました。そうなると、キックとベースが占有できる帯域はだいたい40hz〜200hz(ギターなどが中低域に美味しい成分がある場合は150hzとかまでしか空いてないかも)くらいとなります。ここからは、この範囲を譲り合ってキックとベースの低域のミックスを行なっていきます。

しかしその前に、重要な前提を確認しておきましょう。ここで行なっているのは、あくまで「ローエンド」の処理です。キックやベースで重要な帯域は実は低域だけではなく、中域、広域にもあります。たとえばベースのフレットノイズやアタック感。キックのビーターの音や胴鳴り感などです。ベースやキックに対して積極的に音作りする際には、低域だけではなくこのあたりの美味しい音をどれくらい出すのか、あるいはカットするのかがポイントとなります。言い換えれば、キックやベースの積極的な音作りはローエンドだけではできません。なので、まずはキックやベース単体で、きちんとイメージの音に近い音作りをしてみてください。この際リファレンス音源があるとイメージに近づけやすいでしょう。ここの音作りは正直まったく正解がなく、かなり作り手の個性を出せる部分ですので、ミックスしたあとの音のことは今は考えず、単体として好きな音を作ることをおすすめします。

さて、単体である程度イメージに近い音が作れたら、このあとがキックとベースのローエンド処理です。まずは、ベース単体、キック単体で聴いた時にローがしっかり出ているかどうかを確認してみましょう。イメージ通りに作った音が極端な音作りになっていなければ、単体で聴いた時点ではキックにもベースにも存在感のある低域がしっかりと鳴っているはずです。(極端な音を狙っていて、片方のローがほとんどないみたいな感じなら、もうこの時点でローエンドの処理でやることはありません。もう片方に贅沢に低域を使ってもらいましょう)

問題は、全体で聴いたときの印象です。キックもベースも、せっかく単体で聴いたらいい音なのに、全体で聴いてみるとなんかローの迫力が消えてしまう、ということが起こりがちです。そういうときに、ベースとキックで低域の譲り合いが必要になってくるわけです。

この譲り合いのポイントはみっつあります。

  • 積極的な音作りをしたEQとはべつのEQをさす
  • お互いの「おいしいポイント」を探り、相手の美味しいポイントをカットして譲ってあげる
  • カットしすぎない

ひとつめ、積極的な音作りをしたEQとはべつのEQを使うのは、EQの目的が異なるからです。前段で使ったEQは、ある種アーティスティックな分野というか、好みの音を作るためのEQです。一方でこれから行うのは、「その好みの音をなるべく壊さずに、キックとベースで譲り合うためのEQ」です。目的が異なるEQは別のEQとしてさしてあげると、試行錯誤の際に楽なので、ここはなるべく別のEQをさしてあげましょう。念の為申し添えておくと、ここでいう「別のEQ」というのは、別の種類のEQ、という意味ではなく、チャンネルストリップに「ふたつめのEQ」をさす、ということです。

まずは「おいしいポイント」についてですが、前提知識として、エレキベースの最低音、4弦解放のEの周波数について考えてみましょう。じつはこれが約41hzで、ここが普通はベースの最低音の基音となるわけです。これはちょうど再生機器の都合でバッサリ切り落とした周辺の周波数になっています。つまり、ベースが「一番下の帯域をもらってしまう」ということにも十分な合理性があると言えます。これを考えると、よく言われる「キックの重心が下にあって、その上にベースが乗っかる」というミックスの方法以外にも、「ベースの重心が下にあっって、その上にキックが乗っかる」というパターンも可能になります。実際、たとえばレゲエのミックスとかはこのパターンが多い印象です。一方でJ-POPはキックが下、ベースが上、というパターンが多いような印象がありますね。なにが言いたいかと言うと、つまり、「キックとベースのローのおいしいポイント」に正解はなく、ジャンルや出したい音によって決まってくる、ということです。

では実際にベースの「おいしいポイント」を探ってみましょう。わたしはこの段階でもよくリファレンス音源を聴き込みます。その上で、イメージに近いリファレンス音源のベースと聴き比べながら、違和感のない程度に狭めに設定したQで、(1)であけてあげた帯域、つまり40hz - 150hz あたりを移動しながら持ち上げて、リファレンス音源のローの特徴となっているポイントを探します。これが「ベースの美味しいポイント」です。そのポイントが見つかったら、その周波数を覚えておいた上でEQをフラットに戻します。

さて、今、ベースのおいしい帯域が見つかったので、今度はキックでその帯域をカットしてあげましょう。キックに新たにEQをさして、さっき見つかったベースの美味しい帯域を削ってあげます。このとき、あまり極端にQを狭くして思いっきりカットしたり、あるいはQを広くとってしまうと、せっかく作った「単体で聴いたらいい音」が壊れてしまうので、極端にカットしないように気をつけましょう。わたしは、ひとまずは「カットしても聴感上音色が変わったか変わっていないかめちゃめちゃ集中しないとわからない程度」にカットするようにしています。

そうしたら、おなじことをキックに対して繰り返します。つまり、リファレンス音源と聴き比べながら、キックのおいしい帯域を探り、その帯域をベース側で、音色が変わらない程度にカットしてあげる。

ここまでやると、キックとベースのローがぶつかっていたのがスッキリし、全体で聴いた際にも「単体で聴いた時のいい音」に近づいたのではないでしょうか。と言いたいところですが、そんなに簡単にローエンド処理ができたら苦労しない、というのが現実です……。

わたしはここまでやったあと、Qの幅とカット量についてとにかく試行錯誤を繰り返します。キックをカットしすぎては「キックの音色が全然違う音になってしまった……カットの量を減らそう……」と思ったら、今度はカット量がたりなくて「なんかぜんぜんベースのローの迫力出てこない……」となったり。「最適なカット量」「最適なQ幅」を探るのは結構集中力のいる作業で、ここがローエンド処理の佳境といっても差し支えないと思います。「単体で聴いた時の音と大きく変わらない」「両方スッキリ聴こえる」が両立するカット量、Q幅を探すのは耳が頼りになるので、ここは集中して耳で聴きながら、キック、ベース両方の適切な設定を探ってみてください。

まとめ

さて、今回はローエンド処理について、再生機器で再生できない周波数のカット、空いたスペースの活用、という二点をポイントに説明してきました。ローエンド処理はなかなかむずかしく、考え方を理解してもすぐにできるようになるわけではないなあ、というのが実際のところだと思いますが、少なくともこの目的意識を持ってローエンド処理を行うことで、わたしはコンテストでプロから「ローエンドの処理が素晴らしい」と言われる程度のローエンド処理ができるようになりました。参考にしてくださったら幸いです。

キックとベースのローを出すローエンドのEQ処理の考え方 - キックとベースの場所を作るためのローカット編 -

ミックスをやっていてローエンドのEQ処理に迷うことはよくあると思います。世の中にも、さまざまな情報が出回っていて、調べれば調べるほど混乱するような状態になっていることもめずらしくありません。ここでは、わたしがさまざまな情報を学び試行錯誤をした結果身につけたローエンドの処理の方法を紹介します。

キックとベースのローを出すためのローエンド3つの処理

ローエンドの処理でやるべきことは、主にみっつです。それぞれ、

  • (1) キックとベースに場所を作る
  • (2) 再生機器で再生できない音域のカット
  • (3) 空いたスペースの活用

です。

(1)キックとベースに場所を作る、(2)再生機器で再生できない音域のカット、については、両方ともよく「ローカット」と呼ばれているものですが、その目的が異なるため、いまやっているローカットがどちらのローカットなのかによって、気をつけて聴くべきポイントや鍵となる周波数が異なります。(3) 空いたスペースの活用、についてはどちらかというと積極的な音作りのためのEQに近く、これもまたほかのふたつと目的が違うので、こちらも「別のことをしている」という目的意識を持つことが重要です。

キックとベースに場所を作るのためのローカット

今回の記事では、(1)キックとベースに場所を作るためのローカットについて説明します。低域は、「聞き取りにくいけど、濁りやすい」という厄介な性質を持っています。聞き取りにくいということは、たとえばギターやピアノなどをソロで聴いた場合、低域の成分をカットしてもカットしなくてもあまり聴感上の違いが出ない、ということです。一方で、濁りやすいということは、適切にローカットされていないギターやピアノは、ソロで聴いてもわからないような部分がベースやキックのローを邪魔してしまうということです。そのため、ローが出てほしいわけではない楽器については、キックやベースの邪魔をしないよう、とにかくバッサリとローカットをしていくことが大切なわけです。そうすることによって、ベースとキックが低域を占有できるようにするのが、「キックとベースに場所を作るためのローカット」の目的です。

では、具体的にはどのような作業をすればいいのでしょうか。以下、順を追って説明します。

スペアナの必要性

とくにキックとベースに場所を作るためのローカットにおいて、スペクトルアナライザーがあると安心感があります。なぜなら、「ある楽器をソロで聴いても聞こえない帯域」のカットをするわけで、ここがどれくらいカットされたかを知るのに、聴感に頼るわけにはいかないからです。とはいえ、ほとんどのEQにはスペアナがくっつていると思いますので、それを見ながら作業をするので十分でしょう。私はwavesのH-EQについているスペアナが「EQに入ってきたときの状態」「EQかけたあとの状態」両方が見えるのが便利で気に入っています。EQとしても優秀ですし、H-EQはとりあえずあって損しないEQではないでしょうか。とはいえ、DAWに付属のEQでも同じことはできますので、それでもかまいません。使い慣れたもの、気に入ったもので良いと思います。

H-EQのスペアナ
H-EQのスペアナ。黄色の線がEQ前、水色の線がEQ後を表す

ローカットする楽器の選定

今回は「キックとベースのためのローを明け渡す」ことが目的なので、基本的にはキックとベース以外全てのトラックに対してローカットを行います。

が、当然、キックとベース以外にローを聴かせたい楽器がある場合はその限りではありません。たとえば、よくあるアレンジとして、ウッドベースを扱っている、ゴージャスな感じのアレンジのポップスについて考えてみます。ピアノトリオなどならともかく、楽器数が多いアレンジの場合、ウッドベースだけではベースが弱く全体が支えきれないことがあります。その際に、ピアノにもベースの役割を担わせるようなアレンジはよくあります。こういうときに、ピアノのローまで削ってしまうと、せっかくピアノがベースを助けてくれてるのに、その助けてくれている帯域を削ってしまう、ということになります。こういうときには、ピアノについては「キックやベースのためのローカット」は行わないこととなります。

しかし、あまりローを聴かせたい楽器が増えてしまうと、「空いたスペースの活用」の段になって苦労することとなります。今後執筆予定の「空いたスペースの活用」のところでも述べますが、あまりにローカット対象外のパートが多いような場合、そもそもローが混雑しすぎたアレンジになっていることが考えられます。その場合はアレンジに戻り、ローを占領している楽器を減らしてみたりしてみてください。

各パートのローカット

ローカットすべきパートが選定できたら、それぞれに対して、わたしの場合以下の手順でローカットしていきます。このとき、まずはパートをソロで聴きながら作業を進めます。

  • そのパートに対してEQを立ち上げる
  • ハイパスフィルタを立ち上げる
  • カーブはそのまま、Freqを少しづつあげて行き、そのパートの音質が変わる直前くらいで止める
  • カーブを少しずつ俊敏にしていき、そのパートの音質が変わる直前くらいで止める

これで、「聴感上その楽器に変化はほとんどないが、余計なローがなくなった」という状態を作ることができました。

標準的なアレンジの場合、経験上、200hz 前後より上にこの「音質が変わり始めるポイント」があるように思います。これは、当然楽器やそのセッティングによって異なり、もっと上の帯域に音質が変わり始めるポイントがある場合もあれば、もっと下の帯域にある場合もあります。しっかり耳で確認しながら「音質に影響のない範囲」でローカットをしていきましょう。

よくある失敗として、楽器の音質が変わってしまうくらいにローカットしてしまう、という失敗があります。そこまでローカットしてしまうと、ベースやキックとの分離はしっかりしているんだけど、楽器の音がしょぼくて迫力がない、という状態になってしまいます。

全体でミックスするとき、あるいは空いたローのスペースを活用するときに、ほかの楽器に場所を譲るために音質が変わってしまうところまでローカットする、ということはあり得ますが、「まずはベースとキックに場所を譲る」という目的でそこまでやってしまうのは悪手です。「いまこのEQはなんの目的でかけているのか」に注目し、ローの場所を空ける処理のためのローカットをしているときには、音質が変わらない範囲でのローカットの留めておきましょう。

また、別の話として、シンセサイザーやソフトウェア音源の場合、すでにローカットされている場合があるので、こちらも注意が必要です。「スペアナで出ている一番低い帯域をすこし削るだけで音質が変わってしまう」というようなパートがあり、それがソフトウェア音源やシンセサイザーの場合、それはすでにローがしっかりカットされているパートです。その場合は「すでにキックとベースのためのローカットがされている」ということなので、この段階でやるべきことはありません。

仮ミックスして聴いてみる

対象のパート全てに対してローカットを行ったら、ソロで聴いていたのをいったんやめて、全体の仮ミックスで聴いてみます。この段階ではまだベースやキックのローに対して積極的な音作りをしていないため、「ローが太い」という感じにはなっていないと思いますが、ローカットしていないときと比べるとベースやキックのロー成分がクリアに聞こえ始めてきたのではないかと思います。

たしかにこの段階では劇的な変化というのはおそらくないでしょう。しかしミックスは、微妙な変化を積み重ねることで全体として大きな効果が出るような種類のものです。今回の「キックやベースに場所を作る」という作業は、ローエンド処理の下拵えみたいなものですので、この段階で効果が実感できなくても、「そういうもんだ」と思って次の作業へ進みましょう。逆に、この段階で劇的な効果を出そうと思って、他の楽器を必要以上の上の帯域までローカットしてしまうと、前述したような、他の楽器がしょぼく迫力のないミックスになってしまいます。キックとベースがほんのりクリアになったかな、くらいでここは我慢しておきましょう。

さて、今回はみっつのローエンドのEQ処理のうち、(1) キックとベースに場所を作るためのローカットの考え方について説明しました。次回以降 (2)再生機器で再生できない帯域のローカット、(3)空いたスペースを活用するEQ の話ができたらと思います。

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